コンラッド・マーレーの過失致死剤を問う裁判中、
午前の法廷を終える直前、検察は、あるテープの再生を開始した。
陪審は、休憩を挟み、約2時間にわたるこのテープの残りを聞くことになる。
SOURCEそのインタビューは、
ジャクソンが薬物の過剰摂取で死亡した、わずか2日後の2009年6月27日、
マーレーの弁護士の滞在先であった、マリナデルレイのリッツカールトン、カリフォルニア州で
ロサンゼルス警察の刑事により実施されたもの・・・。
このインタビューが今までに公開された事は一度もない。
ジャクソンが亡くなってから、
裁判が開始されるまでのマーレーの声は全てが記録されている。
録音の一部は、これまでに再生済み。
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マーレーは、ラスベガス滞在中の2006年、
インフルエンザの3人のジャクソンの子どもを治療したと言う。
以来断続的に、ジャクソンを診てきたと、警察に語っている。
ジャクソンが、他の医師にもかかっているかを把握していたかを警察に問われ、
マーレーは、
”
彼自身がそれを明らかにした事はないが、
移動先などではいたのではないかと考えています ” こう答えた。
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ごめんなさい。。。
この部分まで、記述し、早い時間に私用で家を空け、夜戻りましたら、
ソース元の記事の内容が、既に更新された模様で、
これ以降、突然内容が飛んでおりますこと、
よろしくご了承ください・・・。
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”
私は、ジャクソンを愛しています” ・・・ マーレーは言った
”
彼は私の友人です
彼は様々なものを私に打ちあけました・・・。
私は、できる限り彼を助けたかった・・・。
彼は、独りで子どもを育てていました・・・
私はいつも、彼の子どもたちの事を考えていました・・・。
彼の努力、歌手として守ってきたもの・・・
私は彼に、最高のチャンスを与えたかった・・・
ジャクソンの健康状態につき、
”
彼はとてもやせていた”と言い
右股関節に問題があり、つま先の真菌に苦しんでいたことも述べた。
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マーレーは、常に友人のマイケルの事を
”薬理学的知識”にたけた薬物中毒の男として説明。
”
マイケル・ジャクソンが、
薬物依存であった可能性には気がついていました。” ・・・ と延べた。
マーレーは、
彼のカムバックツアー ” THIS IS IT ”に伴い、
彼のための専属医となるまで、
強力な麻酔医薬であるプロポフォールを週に6晩も、
彼に使用することなど・・・考えも及ばなかった・・・と述べた。
”
チームへの参加は目的ではありませんでした
何か過ちが起きたとき、すべき事・・・
彼を助けるために、私はいたのです・・・” マーレーは警察に語った。
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マーレーは、マイケルの亡くなる3日前より
薬物の離脱への試みを開始したと述べた。
その初日、彼はジャクソンにプロポフォールを少量与えた。
そして、2日目には、一切のプロポフォールを中止。
しかし・・・3日目・・・
リハーサルから戻った晩・・・ 彼は眠る事ができませんでした・・・。
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2009年6月25日 深夜
マーレーはジャクソンの自宅に呼び出された。
ステープルズセンターのリハーサルから戻ったジャクソンは、
疲れたよ・・・・・”・・・っとマーレーに話し
僕はまるで・・・機械のように扱われている・・・
ちょっとシャワーを浴びて着替えたら、また戻るよ・・・” ・・・ と言った・・・。
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戻ったジャクソンの体に、
マーレーは、白斑の治療のためのクリームを塗った。
ジャクソンは、バリウムを摂取。
マーレーはジャクソンの膝付近に点滴を設置し、
ロラゼパムと、ミダゾラムという、2種の鎮静剤を投与量に従い、投与開始。
午前3時・・・ジャクソンはまだ起きていた・・・。
私は言いました
”
瞑想してみてはどうですか?”・・・と・・・。 マーレーが警官に話す・・・。
”
部屋のライティングを変えてみましょう
音楽の音量を下げましょう・・・
私が足をさするので・・・リラックスして・・・・・・”
ジャクソンは、10分・・・15分と眠ってはまた目を醒ます・・・。
マーレーは言い・・・
鎮静剤のいくつかを投与したのに
なぜ彼が眠れないのかが・・・マーレーにはわからなかった・・・
彼は、点滴の様子を再度確認した・・・。
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午前10時過ぎ、
”
僕にとっては仕事が全てなんだ。
だから、眠れるように・・・どうかミルクを僕に投与して下さい”
ジャクソンが、マーレーにこう話した。
午前10時50分・・・
マーレーはジャクソンにプロポフォールを投与・・・。
彼はついに眠った・・・
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ベッドサイドで、酸素確認をしていました・・・
私は、彼の体内の血中酸素量の確認ができる、
パルス酸素濃度計を持っていて
それを・・・確認していたのです・・・・マーレーは捜査官に語った。
マーレーは、
ジャクソンにちょうど、25mgのプロポフォールを投与した・・・と延べた。
検察は、マーレーが、無謀にも薬を投与するも、
ジャクソンをしっかりと監視しなかった・・・と言い、
酸素タンクは空だった。
また、何らかの間違があった際、警戒を促ための機器に、
聞き取れる程度のアラームを備えていなかった事も、主張。
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2009年6月25日のマーレーの電話記録と、彼のガールフレンドの証言によると、
彼は、ジャクソンが死亡した朝に、
少なくとも4人の女性にメールのやり取りをしていた事が判明・・・。
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コンラッド・マーレーは、トイレに行くため一時的にマイケルの元を離れた
その隙に
マイケル・ジャクソンは心停止状態に陥った・・・っと捜査官に語った.
マーレーは蘇生の為、直ちにジャクソンに対し、人工呼吸を開始。
マーレーは、ジャクソンは固定電話を持っておらず、
救援の要請をしようとしたが、難しかった・・・と、述べた。
911通報をし、オペレーターと話しをしていたのでは、
マイケルの手当てがおろそかになる・・・
私は、心臓マッサージを十分に行い、
彼に呼吸を再開して欲しかったのです・・・ っと、マーレー言い、
ジャクソンの鼠径部に脈を感じるも
独りでは、ジャクソンの身体を動かせなかったため、
ベッドの上で人工呼吸を行った・・と述べた。
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彼は一方の手で蘇生を施しつつ、
救援要請のため、携帯電話でジャクソンのアシスタントに電話。
彼に、、911へ電話するよう要請する事は無かった。
最終的には、このボディーガードが寝室から、911への緊急要請を行った。
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また、死亡宣告後、ジャクソンがUCLA医療センターを後にする
監視カメラによる映像も公開された。
ロサンゼルス市警のスコット・スミスは
この、ジャクソンが死亡した当日にはマーレーには会うことができず、
ジャクソンンのボディーガードと、ドライバに話しを聞いた・・・という事を陪審に延べ、
また、ジャクソンが亡くなった日の後日、
家族によりバスルームで見つけられた、追加の証拠品についての報告を、
検視官に行った事も述べた。
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2時間程にわたり公開された・・・という事なのですが・・・
2009年の・・・マーレーがマイケルの自宅に呼び出されて以降のくだりは
起きてしまう事がわかっているので・・・
ここで・・・止めて・・・
っと・・・そんな気持ちで・・・
訳していてもとても辛いものがありました・・・

深夜のエントリーに関しての思いを引きずり出かけてしまったので
思いがけず出先で・・・Hold My Hand ・・・が聞こえてきてしまって・・・
いつもなら凄く嬉しいのに・・・
今日は声を聞いただけでも辛くて・・・
人と会うために出ていたのに
これ以降、頭の中にマイケルのこの裁判のことばかりがグルグルとしてしまって・・・
参りました・・・
前回の記事以降・・・沈み込んでいく自分の悪い癖が出つつあるので
また・・・無理してでも気分を上げていかねば・・・・
皆さん、大丈夫ですか・・・・・?
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テーマ : マイケル・ジャクソン - ジャンル : 音楽
tag : マイケル・ジャクソン MICHAEL JACKSON
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